依存症という病気は、長いこと社会からの誤解と偏見にさらされてきました。
「だらしない」「自業自得」「自分勝手」「ダメな人間」など。
その姿をそばに見ながら悩み苦しむ家族も、しばしば同じような思いに駆られます。
当事者自身も、例外ではありません。自分に起きていることが信じられず、認められず、絶望を味わいます。
けれどその入り口は多くの場合、ストレスやむなしさや苦しさなどを「自己治療」しようとする試みです。
それはどんな風に始まったのか。
季刊Be!増刊号『はまった理由』から、当事者の言葉をご紹介します。
リラックス・気分転換
- 郷里に戻りバイトしているとき、パチンコを覚えた。田舎の職場で趣味といえばパチンコの話なので、暇なときには皆、パチンコ屋に行くものなのか・・・と私も出かけた。(39歳・女性)
快感
- 当たったときの快感にはまった。(60歳・男性)
- 社会人になっても親からのコントロールが続き、口座を親が管理して自分は小遣いをもらっていた。あるときパチンコで勝った喜びは、そんな張りつめた状況が破裂するような感じだった。親に管理されないお金が財布の中に何万円かある満足感、楽しさ・・・。(49歳・男性)
コンプレックス解消・自信
- 収入が限られ、思い通りの生活ができなかった。1,000円が2時間で135,000円になったとき、すっかりハマった。(42歳・男性)
現実逃避
- パチンコ台の前に座っている時間は、何も考えなくていい。(55歳・男性)
苦しさや不眠への対処
- あのころ、好きなことや大切な場所を失って、何も没頭するものがなかった。パチンコは座っているだけで没頭できる。ゆううつも、身体の痛みも、パチンコ屋の刺激の中で緩和される。薬を飲んでも耐性がついて効かなくなっていたが、ギャンブルは効いた。(39歳・女性)