6月2日15時、厚生労働記者会で、「大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワーク」が、声明を発表しました。
ネットワークには、6月2日時点で、ASKを含めた依存症関連14団体と141名の支援者が名を連ねており、7日の自民党「再犯防止推進特別委員会 大麻事犯等撲滅プロジェクトチーム(PT)」への提出時には15団体・225名になりました。
この声明は、「薬物使用者に、これ以上のスティグマ、社会的排除、人権侵害はいらない」という依存症支援現場からの強い訴えです。嗜好品としての大麻の合法化を求めているわけではありません。
声明のポイントは、以下の4つです。
1.世界の薬物対策はすでに、懲罰主義から「人権に基づく公衆衛生アプローチ」に転換しており、「大麻使用罪」の創設はこれに逆行する
2.刑罰を受けるたびに再犯リスクが高まるというエビデンスが出ている
3.薬物使用者=犯罪者というレッテル貼りが、社会的排除と健康被害を拡大している
4.「ダメ。ゼッタイ。」からの転換こそが求められている
ネットワークが懲罰の代替策として求めているのは、エビデンスに基づく正しい認識のもと、薬物使用の背景にある生きづらさ等に焦点を当て、相談や治療、回復支援に力を入れる施策であり、当事者や家族を地域で孤立させない予防啓発への転換です。
声明文/6月2日記者会見:大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワーク(14関連団体・支援者141名)PDF
声明文/6月7日自民党PT提出時:大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワーク(15関連団体・支援者225名)PDF
【経緯】
厚生労働省には、薬物政策について、スタンスが異なる2つの部署があります。
1つは、依存症回復支援の「社会援護局障害保健福祉部依存症対策推進室」。
もう1つは、違法薬物を取り締まる「医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課(通称:監麻課)」。芸能人の逮捕時によく登場する麻薬取締官(通称:マトリ)の本部で、長年「ダメ。ゼッタイ。」普及運動を推進。薬物の怖さを強調するあまり、薬物使用者の人権を侵害していると依存症関連団体が指摘し、改善を求めてきました。
この監麻課が2021年1月、「大麻等の薬物対策のあり方検討会」を開始しました。検討のメインテーマは「医療用麻薬の解禁」と「大麻使用罪の創設」の検討です。
5月14日、第6回「大麻等の薬物対策のあり方検討会」の直後、あたかも検討会で大麻使用罪創設が合意に至り、厚生労働省が「使用罪」創設を決めたかのような報道がNHKや共同通信、翌日の読売新聞と相次ぎました。実際の検討会では、反対意見や慎重な議論を求める声が出て賛否が分かれ、結論は次回以降に持ち越されていたのにもかかわらず。
1.監視指導・麻薬対策課に公開質問状を提出
5月24日、ASKを含む依存症関連13団体が、検討会の事務局である監麻課の課長に公開質問状を提出。大麻使用罪創設に関する報道について、経過説明を求めました。その場で課長から、報道内容は事務局が出したものではなく、報道機関による独自の解釈であり、報道の自由の観点から修正は求めないとの回答がありました。
2.大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワークを結成
一方、検討会と同じく2021年1月に、自由民主党内に「再犯防止推進特別委員会 大麻事犯等撲滅プロジェクトチーム(PT)」が発足しており、大麻使用罪創設が既定路線となっていた状況がわかりました。
そこで、依存症回復支援の現場から声を挙げよう、懲罰主義が社会的排除や人権侵害を起こしている現状について伝えようと、「大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワーク」を結成。口コミで賛同が広がり、数日で、医療・相談・福祉・司法・法学などあらゆる支援現場の第一線にいる141名が声明に名を連ねました。
3.厚生労働記者会で声明を発表
6月2日の記者会見登壇者は以下です。
風間 暁(薬物依存症当事者・最年少の保護司・ASK社会対策部薬物担当)
TY(関西薬物依存症家族の会)オンライン
丸山泰弘(立正大学法学部教授)
生島 嗣(ぷれいす東京代表・社会福祉士)
斎藤 環(筑波大学医学医療系社会精神保健学教授・精神科医)オンライン
司会:田中紀子(ARTS代表、ギャンブル依存症問題を考える会代表)
声明は、記者会見後、厚生労働大臣に宛てて、監麻課に届けました。
ASK認定依存症予防教育アドバイザーでもある風間さんが、ASK社会対策部薬物担当として、当事者の立場から発言、注目されました。HIV陽性者の支援をしている生島さんも同じくアドバイザーです。
記者会見には十数名の記者が出席、NHK・日本テレビをはじめ、BuzzFeed・HUFPOST・弁護士ドットコム・日刊SPA!・福祉新聞・Japan in Depthなど多くの報道がありました。
4.自民党PTに声明を提出
6月7日、声明文を、自民党内「再犯防止推進特別委員会 大麻事犯等撲滅プロジェクトチーム(PT)」の座長(田中和徳衆議院議員)、事務局長(山下たかし衆議院議員)と再犯防止推進特別委員会の委員長(渡辺ひろみち衆議院議員)に届けました。声明には、15団体・支援者225名が名を連ねました。
記者会見のようすや報道については、「大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワーク」のホームページをご覧ください。
声明:私たちは大麻使用罪の創設に反対します!
大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワーク
私たちは、薬物その他の依存症問題に関わる団体・支援者として、「大麻使用罪」の創設に反対を表明します。
●世界の薬物対策は、懲罰から「人権に基づく公衆衛生アプローチ」に転換
2010年、国連人権理事会及び第65回国連総会に、薬物と人権に関する包括的な報告書が提出。「犯罪化や過剰な法執行は、健康増進の取り組みを阻害し、スティグマを広め、薬物使用者だけでなくすべての人々の健康リスクを増大させる」として、「薬物使用に伴う害を低減する介入策(ハームリダクション)」と「非犯罪化」を推奨しました。
この流れは、2011年の「薬物政策国際委員会の宣言」(22名の世界的指導者および知識人で構成)、2015年に国連サミットで採択された「SDGs 持続可能な開発目標」、2016年の「国連麻薬特別総会成果文書」、2017年の「保健医療の場で差別を解消するための国連機関共同声明」、2018年の「国連人権理事会決議」、2019年の「国連麻薬委員会の閣僚宣言」などへと引き継がれ、強化されています。世界の薬物対策は、すでに、懲罰的アプローチから人権に基づく公衆衛生アプローチへと、大きく舵を切ったのです。
なお大麻は、国際条約「麻薬に関する単一条約」で規制されていますが、2020年に附表Ⅳ「最も危険で医療価値なし」から削除。危険度が下がり、医療的価値も認められています。
●刑罰を受けるたびに再犯のリスクが高まる
日本でも薬物問題に関し、厳罰化が必ずしも抑止力にならないとの研究結果が出ています。『刑務所出所後の覚せい剤 事犯者の再犯予測因子』に関する研究(*1)では、再犯の予測因子として、「刑務所収容期間が長い」「刑務所入所回数が多い」「仮釈放期間が短い」「精神疾患の診断」が挙げられています。また、『重症度と服役回数の関係』(*2)でも、服役回数に伴って評価尺度上の重症度が悪化し、特に社会的問題の項目での得点が悪化していることが指摘されています。これらは、刑罰を受けるたびに再犯のリスクが高まり、社会における孤立と依存症が進行することを示唆しています。
●薬物使用者=犯罪者というレッテル貼りが、社会的排除と健康被害を拡大している
実際、逮捕によって、退学・解雇などで将来や生活の糧を失い、友人や家族を失い、社会的な孤立から再使用に陥った経験を持つ人が少なくありません。また、不起訴になったにもかかわらず、就職の内定を取り消されたり、家族までもが辞職に追い込まれたり、引っ越しを余儀なくされた例もあります。このような中、大麻使用罪を創設するのは、「犯罪者」として排除される人を増やすことになります。大麻そのものの害より、犯罪化により生じる害の方がはるかに大きいと、私たちは考えます。
●「ダメ。ゼッタイ。」からの転換を!
「ダメ。ゼッタイ。」普及運動も偏見を助長しています。薬物使用者をゾンビや死神にたとえ、薬物の害を煽るポスターが自治体のコンクールで賞を与えられます。芸能人が逮捕されるとマスコミにリークされ、見せしめにされ、犯罪者として社会から排除されます。
このような状況下で、使用者や家族が通報を恐れ、相談や受診を躊躇するのは当然です。
変えなければいけないのは、この現状なのです。
大麻等の薬物の使用や単純所持を犯罪として厳罰に処すことは、問題の解決にならないどころか、取締り・司法・矯正のコストの増幅と、社会的排除につながります。
私たちは、エビデンスに基づく正しい認識のもと、薬物使用の背景にある生きづらさ等に焦点を当て、相談や治療、回復支援に力を入れる施策を求めます。そして、当事者や家族を地域で孤立させない予防啓発への転換をこそ強く望みます。
私たちは、世界の薬物対策の流れに逆行する「大麻使用罪」の創設に反対します。
参考文献:
(*1)Hazama & Katsuta: Factors Associated with Drug-Related Recidivism Among Paroled Amphetamine-Type Stimulant Users in Japan. Asian J Criminology, 15:1-14, 2020
(*2)嶋根ら: 覚せい剤事犯者における薬物依存の重症度と再犯との関連性:刑事施設への入所回数からみた再犯.日本アルコール・薬物医学会雑誌 54:211-221,2019